近視を直すには



 グァムへ行ったとき,現地のタクシー運転手から「眼鏡をかけている日本人は100%スケベだ。」と言われた。F君は眼鏡をかけている。F君のことを臆面もなく「スケベさん」と呼んだ。同乗していたF君は大いに当惑していた。この意見は一見正しそうだが間違っている。あのN営業部長は眼鏡をかけていないが,立派にスケベである。
 最近の新しいパソコンのほとんどすべてWindows95に対応している。加えて,有名どころのボード・メーカは高速なディスプレィ・ボードをドライバ付きで供給している。誰もが美しいWindows95の画面を体験できる。画質もワークステーション並に細かくなり,1280x1024など当たり前の時代だ。ところが,よいことばかりではない。細かい画面だと,眼の負担はかなりのものになる。前々から,ディスプレィの弊害がいろいろと発表されているが,毎日,ディスプレィを見続けるコンピュータ使用者にとっては大いなる問題だ。
 C出版のY編集長なんぞ,女の子しか作れない原因は,ディスプレィだと信じている。子種の問題の真偽の程は分からないけど,近視の原因のひとつがディスプレィであることは間違いなさそうだ。Windows95の細かな美しい画面が日本中にスケベを作り出している。
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 かつて,私も0.1以下の視力だった。8年前,RK(Radial Keratotomy)手術を受けた。RK手術とは,ご存じの方も多いと思うが,角膜の表面を放射状に切る手術である。
 我々が近視になるのは,水晶体(レンズ)の焦点調整がずれ,網膜に正常な像を結ばないからだ。水晶体の焦点距離を補正するのが,眼鏡でありコンタクト・レンズだ。近視の場合,凹レンズを使う。水晶体の表面を保護しているのが角膜だ。
 角膜は人体の中でも,すごく特殊な細胞で,血管が無いのに,養分を吸収し老廃物を排泄できる。裏側の細胞に仕組みがある。ちょうど植物の根のような働きをしている。だから,角膜の表面は傷つけても大丈夫と,言うのが,RK手術賛成派の意見だ。だが,角膜の働きが100%解明された訳でもない,もちろん人工角膜など今のアホウな医者共には作れない。だから,むやみに切開するのは危険だ,というのがRK手術反対派の意見だ。20年後の副作用を警告する。
 RK手術の理屈は単純だ。角膜の表面をメスで放射状に浅く切ると,眼圧により傷口が広がり縁が膨らむ。ちょうど凹レンズのような形になる。切り方をうまく調整すれば,コンタクト・レンズを装着したのと同じことになる。角膜にも自然治癒能力が備わっている。傷口が回復するにつれレンズ効果も少なくなる。それを見越して大目に切る。
 この切り方が難しい。視力,角膜の厚さ,眼圧,治癒能力,すべて個人差がある。 各種パラメータを厳密に測定して,パソコンでシミュレーションして決める。東洋人は欧米人に比べて,チンポは小さいが,角膜は厚いので,RK手術に向いているらしい。どの民族も長所はある。
 だいたい私は医者嫌いだ。医者なんぞ全く信用していない。でも近視は直したい。清水の舞台から飛び降りる(古い)つもりで,S病院の門を潜った。男の子だ。どうにかなる。まず,右目から手術し,成功を確認してから左目を切るらしい。失敗しても左目が残るからいいでしょう。と,気軽に言われて,顔が引きつる。PC-9801を見せられると,恐怖感が最高潮に達する。
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 目の手術なのに,なぜかパンツ1枚になり手術着に着替える。もちろん女性も同じだ。これはO医師の趣味ではないかと勘繰る。寝心地の悪い手術ベッドに横たわり,頭が固定される。実体顕微鏡が顔の上に移動してくる。高輝度タイプの赤いLEDが点灯している。麻酔が点眼されると,水の中の風景になる。O医師から「どんなことがあっても赤い光を見つめるように」と注意を受ける。
 角膜に切開する筋をつけるスタンプが押され,眼球が尖ったピンセットでがっちり押さえられる。眼の上をゆっくりとメスが走るのが見える。どうしても,メスの行方を追ってしまう。眼球が動く度にピンセットで強引に元に戻される。
「動かさないように!」と,叱れる。
「さざえさん」を歌って堪える。
 叱られながら,手術そのものは,ものの10分で終わった。恐怖だけで痛みはない。実は私は恐がりなのだ。左眼は止めようかと考える。
 眼帯をしてS病院を出る。地下鉄の中で麻酔が切れた。猛烈な痛みだ。男の子なので我慢する。「さざえさん」を歌いながら何とか家に帰り着く。左眼は止めようと結論する。
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 S病院でもらってきた睡眠薬を飲む。生まれて初めて飲んだ睡眠薬は,猛烈な痛みを簡単に睡魔に変えてくれた。
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 翌朝目覚めると,嘘のように痛みは引いている。これなら左眼も根性入れるか。という気になる。おもむろにS病院へ出向き,O医師に眼帯を外してもらう。恐る恐る眼を開ける。ちゃんと見える。遠くまではっきり見える。たった1日で1.0だ。感激する。左眼も受けようと決心する。
 かくして,2度の恐くて痛い思いの結果,鼻の上の邪魔な眼鏡は消えたが,スケベが直ったわけではない。

2004年の現状

このエッセイは,もう,10年以上も前の話である。 今はRK手術も随分進化して,ダイアモンド・メスなどは使わない。
レーザである。 詳しくは 参宮橋アイクリニック を参照してください。

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